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潮田健次郎氏(トステム創業者)の逝去を悼む(上)

潮田健次郎元トステム会長とは、40年以上にわたって、いろんな面で交流を持たせていただいてきた。

建具問屋・妙見屋と木製建具製造・東洋ドアを率いていた頃に、「損益計算書」や「貸借対象表」の読み方を聞かれたことがある。
健康問題から小学校卒で仕事に就くしかなく、仕事を通じていろんなことを1つ1つ学んでいった人。

今でも思い出すが、木製建具時代はそれこそ血の小便を流す毎日だった。
ある時、建具メーカーの仲間と新宿・歌舞伎町で飲んだ時、当時まだ走っていた都電の線路に寝転んで、「殺すなら、殺せ ! 」と悲痛な叫び声をあげたこともあった。
また、当時はパネ協(日本住宅パネル協同組合)が発足したばかりで、「なんとか運転資金が都合が出来て、助かった」と、米倉専務に何度も感謝の言葉を述べていた姿を見かけた。
それほどの綱渡りの連続だった。

木製建具からアルミサッシ業界へ進出する時も、何回となく情報の交換をさせていただいた。
当時、建具業界からサッシ事業へエントリーしたのは、何も東洋ドアだけではなかった。大手建具問屋の2社も進出した。
しかし、他の2社と違って、潮田氏の情報蒐集にかける意欲が異彩を放っていた。
執拗なまでの情報蒐集であった。

そして、そのころから「GMと共に」という難しい書を何回も読んで読破し、企業経営にはっきりと目覚めたのが分かった。

そしてサッシの流通では、単に製品を流すのではなくガラス店の経営をいかにして健全化させるか、という大きな課題を探し出し、自らこの難問に取り組んだ。
経営コンサルタントを動員して、「健全なガラス店の経営の在り方」 という立派な指針を作り上げた。

不二サッシをはじめとする他のサッシメーカーは、基本的には「サッシを売ってやる」 というメーカー主導の経営方針しか持っていなかった。
後発の、ちっぽけな零細企業にすぎなかった東洋サッシが、あっという間に他のサッシメーカーの代理店を傘下に収めて、住宅サッシではトップの坐に登りつけたのは、こうした経営指針とバックデータがしっかりしていたからである。

経営には、まぐれというものがほとんど存在しない。

ネットフォーラム・保存版より引用
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